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7月28日
函館にて
やっと函館に着いた、これからが本番である。長万部行きの始発列車は、ここを朝6時08分に出発する。それまでの時間、どこかで寝ていなくてはならない。
改札をぬけ函館の街に出てみると、やっぱり先程まで雨が降っていたようで道が濡れている。真夜中だというのに、時折海鳥の鳴く声が聞こえる。ここ函館に一日いて、大盛りのいくら丼やウニ丼を腹いっぱい食べてみたい誘惑に駆られる。朝市に行けば安い値段でそれが実行できる。でも以前やったことなので、今回は先に進むことにする。市内をしばらく散歩した後、駅で寝ようと思い引き返した。
駅員を捕まえて、寝ても良い場所があるかどうか聞いてみる。待合室に泊まっても良いとのことだ。
ベンチが並ぶ待合室(待ち合いコーナー?)では、すでに何人かの旅行者が苦しそうな格好で眠りこけていた。僕はこうしたシチュエーションには意外と慣れているので雨に濡れないだけでも幸せと思い、とある一区画を占領する。
すると何かクサい、何かに匂う。僕は自分の服や頭、リュックなどにその匂いの発生源を捜してみた。だが一週間ならともかく、1日位では、ここまで臭くなるわけがない。
つぎに、僕の目の前のベンチで寝ている、二十歳過ぎくらいのお兄さんに注目した。彼はなかなか寝つけずにいるようで、その目は虚空を漂っている。靴下を脱いで、裸足の足をベンチの背もたれにかけ高くしている。足が疲れているとき、この処置は正しい。次の日の足のむくみを抑えることが出来るというのは本当のことだ。僕は一瞬彼の足を疑ったが、身なりは小ぎれいだし、髪はきちんと手入れされている。彼が犯人ではないようだ。だとすればベンチや床にしみこんだ匂いか?いやそうでもないらしい。
1つ隔てた後ろの席には、アイボリーのワイシャツを着た中年のサラリーマンのような男が気持ちよさそうに眠っていた。そして彼が寝返りをうった途端、さらに密度の濃いネズミの糞のような(!)匂いが周囲に拡散されたのだった。よく見ると、そのワイシャツはアイボリーではなく、単に白いものが汚れていただけだった。どうりで、みんな眠れずに苦しそうにしているわけだ。
このような場合まずやることがある。残念ながら、それは貴重品の管理だ。他に寝る場所を探すわけにもいかないので寝袋だけを残し、荷物をコインロッカーの中に押し込めた。つぎに入り口のドアをすべて開け放った。臭い対策もそうだが、蒸し暑い待合室の気温が明らかに2、3度下がった。
時計の針が午前3時を回ったころから、彼らはごみ箱をあさったり、灰皿に落ちているシケモクを吸い始めた。北海道といえど、大きい駅には少数ながらこうゆう輩がいるみたいだ。
僕は何度も寝返りをうちつつ、朝まで少し眠ることが出来た。目が覚めると、時刻は5時40分。背中と腰が痛い。荷物を持って改札を抜け、長めの通路を渡りホームへと下りる。2両編成の長万部行きがディーゼルエンジンをガラガラとアイドリングさせながら止まっている。ホーム真ん中に設置されている洗面台で歯を磨き顔を洗う。水がとても冷たい。列車の運転手が地元の客と談笑している。北海道に来た実感がわいてくる。
北海道の車両も年々カラフルになってきた。はじめて来て乗ったときは、焦げ茶色をしたオハフ33型旧型客車
、つぎに来たとき乗ったのは、全身タラコ色をしたキハ22型ディーゼルカー・・・。今回乗るのは、オフホワイトにグリーンの帯が走るJR北海道色キハ40耐寒雪仕様である。
JRになってからは年々新車の投入やアコモデーションが進んでゆくが、旧車好きとしては少し悲しい。
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函館本線 函館6:08→長万部9:17
函館駅を出ると、のっけから北海道濃度100パーセントの景色の中へと入って行く。本州ではそのほとんどを占めていた、田んぼというものが見あたらない。代わりに麦畑や牧草地が広がっている。
ワンマン列車
の2両編成は、ゆっくりと勾配を上っていく。ディーゼルエンジンがうなり声をあげる。
まもなく左手に大沼と、その向こう岸にそびえる駒ヶ岳が見えてきた。林のとぎれた間から、息をのむほど美しい景色を見せる。静かな湖面は、鏡のように駒ヶ岳を逆さに映している。本州の景観とは違う。明らかに別の風土、環境だ。加えて、民家をあまり見かけない。もちろん駅の周辺には建っているが、少し走り出すと牧場のサイトなどが所々に点在するのみとなる。目障りな野立看板のたぐいもほとんど無く、下世話な観光地的いかがわしさとは無縁だ。列車は大沼公園に停車。ニコンF4をかついだオジサンが降りていった。
列車が山を下ってゆくと、今度は右手に海岸線が広がり始め、人の気配の無い波打ち際を走り続ける。徐々に気温が上がってきたが、クーラーなどは付いていないので、窓を2分の1ほど開け放つ。
窓から顔と肘を突き出して潮風に吹かれながら、流れる海岸線をボケッとを見ているのは本当に気持ち良い!カタルシスである。僕はこれがやりたかったのだ。
考えてみると、東京近郊では窓を開けることの出来る車両がいつの間にか減っている。ガラスのハメ殺しか、開けることが可能だとしても、エアコンが普及した為に、そうしなければならない大義名分がなくなってしまった。
現在では、こんなにステキで気持ちのいい乗り方が楽しめるのも地方の鈍行に限られてきており、それもいつまで続くかわらない。つぎに来るときは、この列車もハメ殺しの窓になっているかもしれず、その時は「窓から顔や手を出さないでください」なんて文句も死語になっていることだろう。
しかしそれは地元で生活する人達を無視した、非常に勝手な思考でもある。普段僕が利用するラッシュの通勤電車にエアコンが無かったら・・・想像しただけでもゾッとする。利便性を追求した、近代化されたシステムの恩恵を受けまくって生活している僕が、そんなことを言う資格は無い・・・
・・・なんてことを考えているうちに睡魔がおそってきて、長万部まで心地よく眠る(^_^;)。
長万部にて
次の列車まで時間があるので売店のおばさんを捕まえて、どこかに安くて良い温泉があるか聞いてみる。幾つか教えてもらった中で一番近い「長万部温泉ホテル」へ向かうことにする。
てくてくと歩いていく。汗を流せると思うととても嬉しい。風呂にはいることを怠ると大変なことになってしまうのは以前の旅で経験済みだし、函館のオヤジと同じ体臭にはなりたくない。
線路を渡る陸橋を越えて、教えられたとおりに進んで行くと「長万部温泉ホテル」の看板が出ていた。しかしこれはどう見てもホテルではない、ただの温泉宿というか、銭湯だ(失礼)。でもむしろ、僕はこういった感じの方が好みだったりする。
暖簾をくぐり、番台にて入浴料を払う。まさに銭湯並みの値段だ。おばさんに財布の入っているトランクケースを預かってほしいと頼むと、番台の中へ置いてくれた。浴室へはいる。お湯は一見透明だが、タイルがことごとく黄ばんでいる。成分表を見るのを忘れたが、きっと、そのような成分が含まれているのかもしれない。
体を洗って、気持ち良さにうっとりしているところに、何人か地元のおじいさんたちが入ってきた。軽く世間話などをする。おじいさんの話によると、長万部に立ち寄るバックパッカーの一部はよくこの温泉にくるらしく、ちょっと穴場的な存在だそうだ。確かに駅から近いし、安いし、汚れた身なりでも気後れしない門構えだからうってつけかもしれない。
風呂から上がり、ブリックパックのリンゴジュースを飲みながら、オレンジ色の大型扇風機の風にあたる。昔、近所の鋳物工場に置いてあったのと同じものだ。帰り際、リュックとシュラフを背負った女の子とすれ違う。きっとあそこに行くのだろう。
途中、本屋さんで「北海道旅行ガイド」を購入。やはり時刻表だけでは限界があることを、改めて痛感する(笑)。売店に戻り、おばさんに礼を言って、東室蘭行き列車の改札時刻を待った。
室蘭本線 長万部13:23→東室蘭14:54
2両編成のディーゼルカーに乗り込む。汗がとれたので気分壮快。向かいの席に足と荷物を投げ出して、ごろごろしながら出発を待つ。
走り出すと、また右手に海が迫ってくる。まもなく強烈な眠気が襲ってきて、終点の東室蘭までそのまま寝てしまう。その間のことは殆ど覚えていない。
室蘭本線 東室蘭15:10→苫小牧16:28
列車は登別の駅に止まった。以前僕が高校生だったとき、ここの駅舎前で野宿をしたことがあった。ニセコでヒッチハイクして室蘭まで乗せてもらい、行き当たりばったりでここまで来たのだった。
あのときは寝袋もなく、ゴミ用のビニール袋をかぶり、新聞紙で体を包み、駅舎前の路上で寝たのだが、それがいけなかった。寝汗でビニール袋の中に水滴が溜まり、コンクリに体温を吸われ、朝方には寒くていてもたってもいられなくなり、震えながら電話ボックスの中でうずくまっていたのを思い出す。あの時の旅は無謀だった。よく体を壊さずに帰れたもんだと我ながら思う。
しばらくの間、左手に牧場、右手は海という構図が続く。窓を開けているため、時々牛の匂いが車内に入ってくるが気にならない。気温、湿度ともにちょうど良く爽快だ。牧場の景色を眺めていると、緑の中に点在する色つきのサイロの屋根が鮮やかに目に飛び込んできて楽しい。
苫小牧にて途中下車
苫小牧には初めて来たが、意外に大きそうな市街なのでびっくりした。港や工業の盛んな街だとは聞いていたが・・・この街には大規模な再開発の噂もあるらしい。
腹が減ったので、立ち食いそば屋を求めて駅の外に出てみたがそのような店を見つけられず、代わりにドムドムバーガーがあった。しかしファーストフードはイマイチ気乗りがせず、売店でおにぎりを1つ買って食べる。それから今夜のお友達をと思い、サントリーオールドのポケット瓶を1つ買い込んだ。つまみには、なぜか近頃見かけなかったコメッコを1箱。
空を見上げると、日が傾き始めている。ふと、今夜は意外と冷えるのではないか?と予感が走る。次の列車の出発時刻が迫ってきたので急いで駅へと戻る。
室蘭本線 苫小牧:17時00→岩見沢18:25
列車は苫小牧を出ると、唐突に原野の中へと入って行く。最初、学校帰りの学生たちなどで車内は結構混み合っていた。単編成なのでやむを得ないことと思っていたが、彼らは駅に停まるたびにグループ単位で列車を下りてゆき、いつの間にかガラガラになってしまっていた。
いくつもの森や野原を越えて走り続ける。夕日は空と風景をオレンジ一色に染めてゆく。何にもせず、こんな景色に見とれているだけでも北海道に来た甲斐があったと感じる。
写真を撮りたかったのだが、揺れる車内では既にブレがくる明るさとなっていたので断念する。今回、足手まといとなる大きなカメラや三脚は持ってきていない。徒歩の旅では行動が億劫になってしまうし、アングルやシャッターポイントに気を取られてばかりいて、単なる撮影旅行になってしまうのがいやだったのだ。
岩見沢18:40→滝川20:09
外はかなり薄暗くなってきている。また、東の方から雲が立ちこめてきた。車内には何人かの旅行客と、札幌のデパートにて買い物をしてきたと思われるおばさん二人連れ、それに数人の学生がいるだけで、ボックス席は殆ど空っぽだ。
岩見沢から滝川までの区間は、札幌と旭川との間に挟まれているだけあって住宅地が多く、景色として見るべきものはないので、今夜どこで寝るかを真剣に考えることにした。
泊まるとすれば、やはり無人駅がいちばん楽でよいだろう。まず時刻表レベルで無人駅かどうかを見極め、さらに同じ無人駅でも、泊まり込むのに最適かどうかを検討・推測する。ターミナルから近い駅は、辺りにもそこそこ人が住んでいて、有人駅である可能性が高いし、仮に無人駅であったとしても、ある程度の人の出入りが予想されるため落ち着かないだろう。逆にあまりにも山の中すぎると、満足な駅舎が無い場合もあり、熊に襲われてしまうかもしれない(笑)。
とりあえずは、普通列車の快速が停まらない駅の中から探すことだ
。それはつまり、その駅を利用する人が少ないという証であり、特に北海道の場合は無人駅の可能性が高いと思う。
幸いつぎに乗る列車はすべての駅に停まる本当の意味での各駅停車なので、これはと思う駅を車窓から一つ一つチェックできるはずだ。
以上の条件を満たす駅を時刻表レベルで調べているうちに、滝川に到着した。
滝川駅にて途中下車
もう夜になっているのでよくは判らなかったが、滝川もある程度の規模を持つ街のように感じられた。
デパートらしき建物の中に入る。一階のショッピングセンターにて蚊取り線香と、今夜の夜食用に売れ残りの弁当を買う。ファーストフードカウンターにてたこ焼きとアイスコーヒーを飲食。そうしているうちに♪蛍の光が流れ始めたので、素早く食べて駅へと戻る。トイレを済ませ、今夜に備える。
根室本線 滝川→金山(新得行) 20:33→22:12
本日最後の列車である。自宅を出てから、いったい何本乗り継いだのだろう。
すでに聞き慣れた、ディーゼル車のガラガラ音を発している2両編成の先頭車両に乗り込む。苫小牧で買ったウィスキーをちびちびとやりながら、列車は灯り一つ無いところを進んでゆく。窓の外は真っ暗というか、真っ黒だ。
北海道のローカル線では、未だ直線区間でもロングレイル化が進んでいない。♪カタンカタンと鳴るレイルのジョイント音が健在だ。夏と冬ではレイルの長さが若干変わってしまう等
の理由や技術的限界のために、昔は短いレイルをつなぎ合わせるしかなかったのだが、溶接技術と鉄道技術の進歩によって、現在は1本の線路の長さが直線だと数百メートル以上というのが最近の本線の主流らしい(いろんな効用があるとの事)。でもそのようなところでは、この心地よいリズムを刻むジョイント音はせず、聞こえるのはモーターのうなり声だけだ。この音を聞いていると列車に乗っているという実感がわく。
富良野駅でかなりの人が降りてゆく。明日は富良野か帯広方面に赴く予定
だが、とりあえず泊まる駅を探すべく先へと進む。ここを出ると、いよいよ峠越えとなる。無人駅チェックを本腰入れて始める。先頭の車両に乗っていて良かった。ワンマン列車
だったので、その判断が確実に出来たのである。予想したとおり、この路線の大半は無人駅である。
ひと駅ごとに、どんどん高度を上げて行く。トンネルにはいると内外の気温の差により窓に「霜」が張り付く。夏だというのに・・・。
とにかく人のいない場所で眠りたい。僕の頭の中では、富良野と帯広の中間あたりにある「金山」という駅に注目していた。次の日の気分でどちらにも行けるから・・・。
そして午後10時12分、ここならOKと思って運転手さんに青春18キップを見せ、金山駅のホームに一人降り立った。2両のディーゼルカーは、まるで3速発進したトラックのような音を立てて、ゆっくりと暗闇の中に吸い込まれていき、最後に赤いテールランプも消えた。
もう、朝になるまで次の列車は来ない。
金山駅にて
ものすごい静寂だ。こんな静寂は今まで経験したことがない。レコーディングスタジオだってこんなに静かではないような気がする。ちょっと怖いくらいだ。
でも幸いなことに駅舎内の灯りはついている。明るい蛍光灯だ。出入り口はサッシのドアで締め切ることができ、床はコンクリ、壁は木板のニス塗りサイディング風でなかなか清潔だ。ポスターが何枚か貼られている。広さは十畳ぐらいで、完全に「部屋」として機能している。
ただ、あまりにも静かすぎるので、ウォークマンのボリュームを半分ぐらいにしてトランクのうえに転がした。聞こえるのだ、通常この状態では聞き取れないベースの音までが。だから耳にイヤフォンをはめ込む必要など無い。むしろ周囲のけはいが分からなくなり、かえって気持ち悪い。
BGMを聞きながら、蚊取り線香を2つ取り出し火をつける。効き目は超抜群で、「蚊」や「蛾」や、その他得体の知れない虫たちがバタバタと床に落ちて行く。室内は蚊取り線香の煙で充満し始めた。喉が痛くなるかもしれないが、虫に刺されるよりはマシだ。イスに腰を降ろし、売れ残り弁当などを食べながら、なかなか快適なひとときを、鼻歌なんか歌いながら満喫していた。
突然、電気が消えた(笑)
目の前がまったく見えない。黒一色!。あまりにも予想外の出来事に、心臓がバクバクする音が聞こえる。自分の手さえ見えない。
焦りながら手探りでマグライトを探しだし、スイッチを入れてみたが、なんと点灯しない。電池を、これまた手探りで入れ替えたが、それでもつかない!。北海道の深山に、それも夜中にただ一人・・・。そう考えると、急に恐ろしくなってきてしまった(笑)。おまけにこの静けさはなんだ? 過去に何度も野宿をしたし、最初から暗い所だと知っていれば恐くもなんとも無いのだが、急激にこのような状況に陥ってしまうと始末が悪い。無人駅に泊まったことについてはまったく後悔してないが、このままの状況じゃチョットイヤだと思い、左手でガスライターをつけっぱなしにしながらウイスキーをストレートで飲みほした。酒を買っておいて大正解。
それでも、ストレートのがぶ飲みで結構酔いが回り、気が大きくなった僕は、砂利の敷かれたホームへと出てみた。もうかなり目が慣れて、線路脇の信号の灯りだけで何とか歩けるようになっていた。ホームの縁に座ってたばこを吸い、線路に降りて写真を撮った。
しばらくボケッとしたあと、待合室に戻って寝袋の中にはいる。気温はかなり下がってきたが、酒のせいで体は火照っている。寝る前に、苦労しながらもウォークマンの電池を新品と取り替えた。だって、夜中にフト目が覚めたとき、小野リサの優しい声が「低いうめき声」になっていたら怖いじゃないか! 酒とBGMが無かったら、たぶん寝られなかっただろう(笑)。