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7月30日〜


朝方3時40分に目が覚めた。なんと外は雨が降っている。山には行けないのか?すでに僕より早く起きていた登山客と、しばし相談をする。昨夜の漠然と想像したイメージでは、教わった富良野岳の天然お花畑まで行って、ご来光を拝んでこようなどと考えていたのだが、どうも難しいらしい。残念だが今回は諦めることにした。こればかりはどうしようもない。もともと登山の用意などしていない軽装な僕が足場の悪い雨の日に入山するのは危険だし、しかも知らない山なのだ。入山する人達は、みんな防寒具にヤッケ、厚手の靴下に登山靴の出で立ちで出発していった。

外が明るくなってきたが、雲が低く垂れ込めていて山の様子などとても判らない。そのまま眠る気にもなれず一階に下り、インスタントコーヒーを作って飲んだ。同じく登山を諦めた客達と、この山について話す。十勝岳・富良野岳等は大雪山山系に属している2千メートル級(本州の3千メートル級に匹敵する)の山なのだが、今年は例年より天気が悪く、頂上を目指している人などはここに何日も足止めを食っていたという。今日が最後のチャンスということで望んでいたそうだが、結局頂上まで登れず仕舞いだったとのこと。

皮肉なことに、朝7時くらいになってきて雨がやみ、8時になる頃には、時折うっすらと薄日も射してきていた。


札幌に向かう

帰る支度をし、挨拶をして、下界に下るバスを待つため小屋を出た。

朝の山の空気は神聖である。心の中や脳味噌の汚れを洗い流してくれる、そんな浄化作用があると思うのだ。体が深呼吸を要求しているので、立て続けに4回ほどしたら頭がくらくらしてしまった。こんな気持ちになったのは久しぶりだ。空を見ると、相変わらず流れの速い雲が険しい山肌をかすめてゆくが、雲と雲の狭間から朝日が木漏れ日のように射し込んできて、それがまた美しい。

バスはどんどん高度を落としてゆく。それに比例して気温も上がる。
あるカーブを曲がりきると、目の前に素晴らしいパノラマが展開した。眼下に広がる美瑛の丘は、夏の日差しに照らされて黄金色に輝いていた。現在バスが走っている辺りは、まだ日が射していなかったのだが、その2つのコントラストの対比が、より美しさを際立だたせていた。たとえば夏の夕方、にわかに雷雲が押し寄せてきて、空は真っ暗なんだけど、自分のいる辺りの風景は斜陽した太陽に金色に照らされていて、その瞬間が思わずキレイと感じるときがあるが、今はその反対のシチュエーションだ。やがて山を下り、雲の軒下から抜け、美瑛の丘陵に差しかかると、夏が車内に舞い戻ってきた。

駅に着き、札幌に向かうために列車に乗り込んだ。たまたま普通列車として来た車両が、(型式は知らないが)普段はイベントや特急で使用されているようなタイプだった。座席は豪華だし、室内も上手く遮音されていて非常に静かである。車両を作るにあたりこのような進化の仕方は間違っていないと思う。(たぶん)マーケットリサーチで得たデータなども活用し、それに沿ったデザインや付加価値を盛り込むと共に、機能的にネガティブな要素を潰してゆけばこんな車両になると思う。でも僕には、外に広がる自然との断絶感みたいなものをどうしても感じてしまった。北海道の雄大な景観に合わせて、天井あたりまで続く大きな窓にしてくれている。でもそれは外気と音と紫外線を遮断する為に厚いガラスで出来ており、窓の開く車両と比較してしまうと、どうしても美しい道央の景色をテレビで見ているような感覚になってしまう(これは僕の主観的な感想で、人によって千差万別)。外から浸入してくるある種の情報を減らせば乗っていて楽になる。だが僕が子供のころは、大人が疲れると感じるそんな部分にこそトキメキを感じていた。

夏の匂いや日陰と日なたでの気温の変化を体で感じたり、流れ来る空気に意外な重さと密度があることを発見したり、ドップラー効果のかかった様々な音に耳を傾けてみたり・・大人とは全く違う感覚と視点で、体験して、発見する喜び。

鉄道は大勢の人が利用する極めて公共的な乗り物であり、自分のクルマみたいにライフスタイルや趣味に合わせて選んだりカスタマイズ出来ないという点では、同じ「乗り物」でも全く性質が違う。「風と戯れるのが好き」ならば、オープンカーやバイクを買えば良いのであって、ここで生活している人のことを想えば、インフラとしての鉄道は、より便利により早く、出来れば安楽に移動できる方向で進化して欲しいし、実際そうなってゆくと思う。

でもそれと引き替えに、旧来の普通の鉄道だからこそ味わうことの出来た醍醐味や、「少年が思わず抱くワクワク感」のような気持ち、 「ノスタルジックなロマン」などは失なわれてゆくのだろう。相反する性質のものだから仕方ないのだが、それゆえにとっても寂しい。矛盾している僕の想い。そして現在はまだSL列車等イベントで認められているその類の商品的な価値も、遠い将来は“懐かしくて”賛同しているマーケットの縮小と共に、徐々にそのプライオリティを下げていってしまうのではないか?(思い過ごしであればうれしいが・・)。
僕は思いきり懐古趣味のようです(笑)。

・・なんて事を漠然と考えつつも滝川で乗り換えて、いつの間にやら札幌に着いてしまった。


札幌駅にて

昔からの、気心知れた友達である友人と南口改札で落ち合い、デパートの和食屋で飯を食う。その後、小樽に出かけることにする。


小樽にて

小樽は大好きだ。街としての佇まいというか、雰囲気がいい。駅を出た先の喫茶店でお茶を飲んだ後、北一硝子のショウルームに連れていってもらう。その途中、小樽運河沿いを歩いてみた。暗くなった後の、水銀灯にライトアップされた小樽運河と倉庫の組み合わせなんかはさぞかし綺麗なんだろうな。雪が降っている夜なんて、絵になるかもしれない。

やがて北一硝子に到着。趣のある建物で、幻想的かつ綺麗な作品がいっぱい並んでいた。最初に想像していたより広くてすてきだ。ここに来て良かったと思う。僕はビアマグのようなグラスを買った。

中学生のころ、札幌市外にある友人の親戚の家に泊まったことがあった。その部屋に貼ってあったのが、夜明け前の小樽港を写した北一硝子のポスターだった。それが後々まで印象に残っていて、いつか来てみたいと思っていた。のちに小樽へは何回か訪れたものの、なかなかチャンスに恵まれず、今回やっと実現した。

その後、土産物屋に寄ったり写真を撮ったり、ぶらぶらと街を散策しながら駅へ戻る。楽しかった。


札幌にて

夜は、サッポロビール園に対抗(?)して新しく出来たキリンのビアホールで飲んだ(こちらの方が営業時間が遅かったから)。すっかり飲んで酔っぱらって、タクシーで友達のアパートまで行く。僕は日程の都合もあり、せいぜい一泊位させてもらうつもりで考えていたが気が変わり、さらに二日も泊まってしまった。東京に戻るのがどうしても嫌だったのだ。


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